泣き声を絞り出す里奈に、だが優輝は優しく笑う。
「里奈が無視するからだろう?」
そう言って、再び机に腰を乗せる。
「何度写真を送ったと思ってるんだ? コイツの写真を撮るのに俺がどれほど苦労してたか、わかってんだろう?」
机上に散乱した、デジカメからの印刷物。無造作にはらう。
何枚か、美鶴の目の前に滑り落ちた。
――――――っ!
自分の隠し撮りに絶句するのを、鼻で笑う。
「俺の元へ戻ってこないと、大迫美鶴がどうなるか。殺したって構わない。何度もそう知らせたはずだ」
殺す?
「なのにさ、里奈はちっともあの家から出てこない。ひょっとして、俺がハッタリかましてるだけだと思ってた?」
ずいぶんと甘く見られたものだね とため息をつく。
「俺だってさ、こんな荒い事はしたくなかったよ。コイツだって可哀想だろう? いきなりトルエンなんてさ」
「トルエン?」
「有機溶剤…… とでも言えばいいのか? トルレンなんて言うヤツもいるな。まぁ シンナーみたいなモンだよ。シンナーの素」
「シンナー…」
里奈の声が、驚きに凍る。
あの、鼻を突くような臭い。
生唾を飲む美鶴を、侮蔑の視線で見下ろしてくる。
「あぁ 言っとくけど、お前に覚せい剤の濡れ衣を着せようとしたヤツらとはカンケー無いからね。二人のうち一人とはちょっとした知り合いだったけど、あの事件と俺は無関係だよ。あんなくだらない計画に俺が関わってたなんて、誤解しないでくれ」
ただ と唇に指を当てる。
「きっかけにはなったけどね」
「きっかけ?」
「お前なんか死んでもいいかって思ったのは、あの事件がきっかけかな」
遊び仲間が一人、高校教師と一緒になって生徒を一人殺そうとした。
その生徒が大迫美鶴だと知ったとき、優輝は何かが弾けるのを感じた。
あぁ そうか
あんなヤツ、殺してしまっても構わないんだ。
タバコを咥え、口元を吊り上げる。
「あのボロアパートに火を付けたのは、俺さ」
目の前に、炎が揺らぐ。
「俺の元に戻ってこなければ大迫美鶴に手を出す。何度もそう伝えたのに、里奈は一向に出てこない。だからさ、俺が本気だってコトを教えてやろうと思ってね」
火事場から逃げ出し、煤汚れた全身で呆然と立ち尽くす美鶴の写真。だが、それでも里奈は、澤村優輝を無視し続けた。
「そんなに俺が、嫌いか?」
「嫌いよっ!」
その言葉には、嫌悪しか含まれていない。
やれやれと肩を竦め、美鶴を見下ろす。
「でもお前、俺のコトが好きだったんだろう?」
タバコをはさむ、白い指。
勝ち誇ったような、至高の優越。
悔しくても、否定できない。
「覚えているか? アンタの机の中にエロDVDを潜ませた時のこと」
それが初めての出会いだった。
「あれはワザとさ。俺はアンタが嫌いだった」
里奈が誰よりも信頼する存在。
「美鶴が言うなら絶対よ。美鶴は、間違ったことなんてしないもん」
親よりも、優輝よりも美鶴が正しい。
付き合うほどに知らされる。里奈の内の美鶴の大きさ。
「二年のクラスが発表された時、里奈と離れたのは残念だったが、アンタの名前を見て驚いたね。そんなに尊敬する"美鶴様"が、エロDVDなんて隠し持ってたら? なんて考えがすぐに浮かんだ」
里奈の、美鶴に対する羨望。それを少しでも削ぐことができたなら。
「結果は失敗したけど」
ククッと喉の奥で笑う。
「まさかアンタが俺に堕ちてくれるなんてね。嬉しい誤算とは、まさにこのことだ」
掠れた声が、脳裏に響く。
「二人の、秘密な」
あの言葉に、どれほど胸を締めつけられたことか。
切なく苦しく、だが嫌だとは思わなかった。
甘いような恥ずかしいような、不思議な暖かさも含んでいた。
そのすべてを、踏みにじる。
「アンタ、バカだな」
悔しくて悔しくて、涙も出ない。
「俺にフラれたアンタの顔。マジで無様だったな」
悔しさに視線を逸らす。きっと優輝の求める態度には反するのだろう。ゆえに再び蹴り上げられるのを覚悟したが、返ってきたのは言葉だけ。
「おバカだね」
ふふっと笑い、目を細める。
「里奈、コイツは俺に惚れたんだ。あっけなく俺に堕ちたんだよ。わからないか? コイツはそういうバカな女なんだよ」
実際そうだっただろう? と問いかけるも、里奈は無言で顔を覆う。首を激しく横に振る。
タバコを机に押し付ける。
「里奈のその、意外と強情なところもかわいいんだけどね」
「悪魔っ! ケダモノっ! 誰がアンタなんかっ!」
かけられる罵声に、初めて優輝の眉が歪む。
「俺のどこが、ケダモノなんだ?」
「ケダモノよっ! 美鶴にこんなことしてっ! コウくんの、蔦くんのコトだって、サイテーよっ!」
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